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安室奈美恵 伝説と苦労 20th Special VOL.3 2003-2006

  • 2012/09/11(火) 00:31:59

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スクリーンショット(2012-09-10 0.08.05)

安室奈美恵、デビュー20周年まであと5日!!!
記念すべきデビュー日である9月16日は地元沖縄で1日限定のライブもあるわけですが、
ここでは、安室ちゃんの20年間の活動を、本人のインタビューも踏まえ、
ちょっと違った切り口で振り返っていきたいと思います。

安室奈美恵 伝説と苦労 20th Special
VOL.3 2002-2006

COMEBACK IZ QUEEN!!


スクリーンショット(2012-09-06 15.40.56)

『私より歌の上手い歌手の方はたくさん居る。私より踊りの上手いダンサーさんもいっぱい居る。だけど、歌って踊る事に関しては、私は誰にも負けたくない。自信もある。』(2003年インタビュー)

迷いにまよった5年間。安室さんは自分が進むべき道を見つめ直した結果、
それはデビュー当時から変わらない、『歌って踊るアーティスト』への道を突き進む事でした。
この頃から、安室さん自信の音楽も、ダンスの見せ方も大幅に変わっていきます。

『SUITE CHICは本当にいいきっかけを与えてくれました。私自身の迷いがふっきれたというか、私がこれからやっていきたい事の引き出しをいっぱい開いてくれました。』(2004年インタビュー)

彼女はSUITE CHICへの感謝の言葉を当時すごく言っていたし、それは最近でも言っている事。
安室さんの音楽人生をガラリと変えたのが、SUITE CHICへの参加でした。

当時、ZEEBRAさんと今井了介さんが、SUITE CHICプロジェクトを立ち上げた際、
ボーカルのアーティストを決める時に、日本のジャネット・ジャクソンって誰だろう?となり、
安室さんが抜擢されたのは有名な話。

SUITE CHICでのデビューシングル『GOOD LIFE feat.FIRSTKLAS/Just Say So feat.VERBAL』では、
完全に、安室奈美恵の文字はなく、ボーカル名すらも記載されていない程でした。
最先端のクラブミュージックであり、海外でも通用するような楽曲は若い世代にたちまち話題に。
それは、当時アムラーと呼ばれていた世代よりも、もっと若い世代に刺激を与える事になるのです。

まだセカンドシングル『Uh,Uh,,,,,,feat.AI』は、思わず洋楽?と思う程のクオリティになり、
安室さん自信のダンスの見せ方もこれまでとは大幅に変わり、海外PVのようなカッコイイ振り付けに、
昔よりも、終始踊りっぱなしのスタイルは、序所に『歌って踊るアーティスト』を形作っていく事になるのです。

『Put'Em Upは、やっと本当にやりたかった事ができたと感じました。やっと私がやりたい音楽が形になった。すごく楽になったし、楽しいと思うようになってきた』(2003年インタビュー)

SUITE CHIC以降、安室さん自信の楽曲でも、海外ばりのクオリティの高い曲を目指すようになっていきます。
幸いにも、SUITE CHICで出会ったmichico、t.kura夫妻含め、多くのプロディーサーと、
安室奈美恵個人名義の楽曲でも関わっていく事になるのです。

それは後に、ZEEBRAからも、
『Do What U Gotta Doは、今の安室ちゃんからしたら、すげえポップかもしれないですね。だって、今彼女がやってる音楽って下手したら俺等よりエッジーだし、カッコイイですよね』(2006年ZEEBRAインタビュー)
と言われる程に。

スクリーンショット(2012-09-06 15.38.09)

少しづつ、また時代が変化しようとしていきます。
これまで安室奈美恵という存在に興味がなかった若い世代や、
洋楽しか聞かない音楽ファンの心も掴むようになっていくのです。
『安室奈美恵って、何となくだけど最近曲がすごくカッコイイ。』
そして、安室さん自信のルックスも含め、再び、若い世代を巻き込もうとしていました。

それは、『メディアに媚を売ってまで人気を回復したくない』と語った安室さん自信の有言実行でもありました。
再び雑誌の表紙等を飾る機会も増えてくるようになり、Woofin girl、BLENDA等では、当時初の日本人として表紙を飾っています。

『WANT ME,WANT MEは、当時別の曲がシングルになる事が決まっていたのですが、私はどうしてもWANT MEをシングルにしたくて、周りの反対を押し切ってリリースしました。スタッフの方は猛反対だったんですけど、売れる売れないは関係ない、責任は私が取る!って(笑)』(2005年インタビュー)

結果、当時かなりエッジーでアンダーグラウンドな楽曲だったWANT ME,WANT MEはオリコン2位を記録。
音楽的にも攻めの姿勢を出してきたこの頃、若い世代のファンがかなり増えていってました。
さらにその若い世代に押されて、当時アムラーだった世代も再び安室さんに目を向けるようになるのです。
『やっぱり安室ちゃんってカワイイ。オシャレ。スタイルいい。』
安室さん自信の抜群なルックスが、またさらにファン層を広げていく事になるのです。

彼女のファン層を見てみると、かなり仕分けができるくらいキッパリと分かれています。
『抜群なビジュアル』、『クオリティの高い楽曲』を軸にして、
クオリティの高い楽曲が気に入って聞いていたら、やっぱり安室はカワイイ!!とファンになった方、
安室ちゃんはとにかく可愛い!!しかも踊りも踊れて曲もカッコイイ!とファンになった方、
前者は比較的、男性や若いファン、後者は女性やアムラー世代のファンも後者に入るでしょう。

そして安室奈美恵復帰劇にかかせないのがライブ。
ライブは後日、別記事で書くので詳しくは記載しませんが、比較的小さな会場を、全国くまなく回る事で、
より多くのファンを獲得していき、とにかくカッコイイダンスのライブは、見る者をすぐに魅了していきました。

スクリーンショット(2012-09-06 15.38.44)

『ライブが私のすべての中心。ライブをする為に、曲を作って、アルバムを作って、ライブに来てもらう為に、曲も宣伝する。そんな仕事よりもライブが一番楽しいし、やめられない』(2006年インタビュー)


そして、R&Bというジャンルに頑にこだわっていた時期も変化し、
『最初は音だけ頂いて、ライブで歌ったらカッコイイか。自分がライブで歌って踊っている姿が想像できるかどうかで曲を決めています。ライブで歌ってるイメージができない曲はカッコ良くても選ばない。』(2005年インタビュー)

安室さん自信の歌手としての活動の変化でもあります。
これまでテレビ番組を主体としていた活動が、一気に、ライブを主体とした活動へと変わっていったのです。

しかし、全てが成功と言うわけでもなく、2004年にリリースした『ALARM』は安室さんの楽曲で唯一のTOP10入りを果たさなかった。

『ALARMが11位だったのは当時さすがにショックでした。コンスタントにライブをやらせて頂く最低限の自分の中での基準がTOP10入りではあったので。でもそれでクヨクヨしても仕方ないので、さらに攻めるようにはなりましたね』(2008年インタビュー)

しかし、安室さん自信、2003年以降は売上げやランキングに極端にこだわらなくなったのも事実。
彼女は常にライブを主体に活動を行っていく中で、1位争いや、売上げ争いは眼中になくなったのでしょう。

そしてプライベートでは、2002年の離婚後、SAMの元にあった親権も、
2005年には無事、安室さんの元へ戻っています。
多くは語らない息子さんへの愛情は計り知れない。次はそんな記事を書こうかと思います。

つづく。

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